差異と反復 上
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差異と反復 上 :ジル・ドゥルーズ,財津 理|河出書房新社
意識は道徳法則の外にある。それに優越しておりそれとは無関係な道徳法則を立てることによってでしかおのれを考えることができない。
しかし意識は自然法則の影像と範型を己自身のうちに復元することによってでしか道徳法則の適用を考えることができん
なので真の反復は得られない
カント的な道徳意識の構造を批判的に分析している箇所
実践理性批判
定立(法則を立てる)→ 自然法則の外に出たように見える
適用(法則を使う)→ 自然法則と同じ構造が回帰する
この循環から抜け出すことができないのでドゥルーズにとって「真の反復」にはならないとのこと
そもそも反復ってなんやrkasu.icon
概念的に交換不可能なものが「もう一度」起きること、これが反復
転移は反復の中にある
外側と内側の反復がある
外側は同じ物が物理的にもう一度目の前に現れること
内側は外から見えるかどうかは無関係に差異を内方した反復
こっちのほうが大事
いい例はなんだろうなー
いつもと同じ道を散歩しているとする
外側:いつもと同じ景色
内側:歩くたびに身体に習慣が刻まれる。いつも歩きながら違うことを考えている
種的差異
アリストテレス的な「差異」の概念を批判している
「動物」という類(genus)があるとき、「理性的」という差異を加えると「人間」という種(species)が得られる。つまり「動物」+「理性的」=「人間」。
上位の類を下位の種へと分割するときに使われる区別の基準のことで、分類のための差異と言えます。
しかしこれは同一性の支配下における差異にすぎない
類的差異
類そのものの間の差異のことたとえば「動物」と「色」は異なる類(カテゴリー)に属していて、この二つの間には共通の上位の類がない
アリストテレスの枠組み
種的差異は「動物」の中で「理性的/非理性的」と分けるように、共通の類の下で対立項が明確に定まる
意味わからんrkasu.icon
存在の一義性
存在はただ一つの同じ意味で語られるとドゥルーズは言っている
アリストテレスは存在ってのは複数のカテゴリー(実態、量、質)に分かれてそれぞれにおいて「ある」の意味が異なると定義している
でもそうじゃない
神だろうが、人間だろうが、石だろうが「存在する」というのは同じ意味
ランクつけみたいなことしない
差異化している
ただの言葉の言い方が変わったようにも見えるなrkasu.icon
おそらくドゥルーズは枠が先にあって個物を振り分けるのではなく、個々のものがそれぞれの仕方で生成・変化している、そのプロセスの方が第一次的で、分類はその後から来る事後的な整理にすぎないと言いたいんだろう
つまり神とか石とか人間みたいは分類が先ではなく存在するという差異化したものを先に考える方がいいんじゃない的な
永遠回帰
オルガニックな表像とオルジックな表象
オルガニックな表像はアリストテレス的な有限的な表情のことで類・種・種的差異という有限な枠組みで世界を整理
オルジックな表象はライプニッツやヘーゲル的な無限の表象のことで無限小の差異や弁証法的矛盾を取り込むことで、有限な枠組みでは捉えきれなかった差異まで扱おうと
ちょい数学的なアプローチもある
でも結局オルジックな表象で限界を突破しようと考えたができていないというのがドゥルーズの主張
差異を同一性に従属させるという根本的な構造はそのまま温存されている
https://ja.wikipedia.org/wiki/モナド_(哲学)
モナドがでてきたライプニッツの哲学なのね
Haskellのモナドの名前の由来はここから来ているのかなrkasu.icon
差異が矛盾に導かれたり、平明的な空間に投影されたりするのかは自明
差異からみる肯定と否定の考え方
ヘーゲルの弁証法への批判
AとBが異なるということは、AはBではない、BはAではない、という否定関係として理解される。そしてその否定が矛盾を生み、矛盾の止揚(アウフヘーベン)を通じてより高次の同一性へと統合されていく。つまり否定が差異の本質であり、差異の原動力だとされる
ドゥルーズはこれを逆転させた
差異は「AはBではない」という否定から出発するのではなく、差異そのものが第一次的にある。否定はむしろ差異から派生した二次的な効果にすぎない。AとBがまず異なっているからこそ「AはBではない」と言えるのであって、否定が差異を生み出しているのではない
否定から入るんじゃなくて肯定から入るのいいrkasu.icon
反復について
受動的総合
これは「意識が能動的に何かをまとめる」のではなく、意識以前のレベルで勝手に総合が起きている
縮約
たとえば時計の音が「チク、タク、チク、タク」と鳴っているとする
一つ一つの「チク」は瞬間的な出来事にすぎない
でも私たちはそれを聞いているうちに、次にまた「タク」が来るだろうという期待を持つ。
この期待は意識的に推論しているわけではなくて、身体のレベルで過去の「チク、タク」が縮約されて、未来への期待が自動的に生じている。
これは主体的に行われているのではなく過去の諸瞬間が一つに畳み込まれて(縮約されて)、そこから未来への傾向が生まれるということ
これが習慣rkasu.icon
第一の反復
権力とはいますでに流通している諸価値をどこに割り当てるかでその真価が問われるものである
ニーチェ=ドゥルーズの文脈での「力」は、何かを支配するという意味よりも、価値を創造し評価する力のこと
ニーチェにとって重要なのは、既存の価値の枠内で力を振るうことではなく、価値そのものを創造する力
これはドゥルーズも帰結は同じっぽい
習慣が反復と異なるというのは、反復が同じものの繰り返し(外側の反復)だとすれば、習慣はその反復の中から差異を引き出す運動
自我が縮約するのではなく、縮約によって自我が構成されている。主体が習慣を持つのではなく、習慣が主体を作る
コギトもでてきた
過去には二つの層があある
一つはバーチャルな純粋過去で、これは現在とは異なる仕方で丸ごと実在している。もう一つはそこから引き出されてアクチュアルな像になった記憶で、これが表象=再現化。
ドゥルーズにとって本質的なのは前者の方であり、後者はその派生にすぎない
純粋過去
ただの記憶ではなく
過去そのもの、あらゆる現在が過ぎ去ることを可能にする過去の全体
第一の総合(習慣)では、現在の中で過去を縮約して未来を期待するという話だった
現在とは別に過去そのものが存在していなければならない
うーんわかるようで分からんrkasu.icon
過去は今までの記憶だと思ってたけど現在が過ぎ去る事を可能にする過去全体というものに抽象化したってこと?
過去ってなんだ?
回帰するのは同一性ではなく差異であり、反復するのは同じものではなく変化そのもの
セリー
元々は旋律とかそういう意味だけどここでのセリーは差異が連立しているとか連結しているみたいな意味?
ナルシシズム
外に求めても仮装にしか出会えないとしたら、欲望は結局どこに行き着くかというと、自分自身に戻ってくるしかない
欲望が外の対象に本当には到達できないという構造そのものが、欲望を自己へと向かわせる
この2つがナルシシズムであるというのが主張っぽい
フロイト
無意識には非、死、時間についての3つの大きな無知があると考えている
思考のイマージュ
思考ってのは善意から自然に真理へ向かうのではなく、理解できないもの、不穏なもの、差異に遭遇して、それによって無理やり動き出す
我思う、ゆえに我あり
デカルトに言ったこれは明示的な前提だけである
「神は存在する」とか「世界は実在する」といった内容的な前提は確かに疑った。でも暗黙的な前提は特にそのまま未解決
暗黙的前提
みんながそうだねと思っていること
再認について
これは机だとかこれはリンゴだのように認識することは本当の思考ではない
まず五感で色々確認して「これは〇〇である」と知覚してはじめて同じ同一のものと認知する
思考というのは再認できないものに出会った時に行われる
思考するって何?
思考のイマージュの最終的な公準まとめ
第一公準
思考は善意から自発的に始まるのではなく、外部からの暴力的な遭遇によって強制されて初めて始まる
第二公準
諸能力(感性、悟性、想像力、記憶など)は一つの共通の対象に向かって調和的に協力する、という前提
この調和を壊して、諸能力の不調和的な行使にこそ真の思考がある
第三公準
思考とは「これは何であるか」を正しく同定することだとされる
再認は同一性への回収であり、差異を捉え損なう
第四公準
差異は同一性、類似、対立、類比、この四つの枠に収まらない「それ自体における差異」を考えようとしている
第五公準
思考がうまくいかないのは単に間違えたからであり、注意や方法で修正可能だとされるが、思考の否定的なものはエラーではなく愚かさであると言っている
これもうちょい深堀りしたいわねrkasu.icon
第六公準
真に重要なのは命題の真偽ではなく、命題を生み出す問題
知は命題として表現され、真理は命題の正しさ(指示対象との対応)に還元されるというのが前提だけど違う
第七公準
問題は解に還元されない独自の存在を持つ
問題は解かれた後も問題として存続し、解は問題の構造によって規定されている
これちょっと分からなかった。
もうちょい考えたいrkasu.icon
書いてあることは理解できるけどちゃんと腑に落ちていない
第八公準
学ぶことの意味は最終的に得られた知識にあるのではない
学習は知の獲得に還元されない
学ぶとは問題の中に身を置くことであり、差異との遭遇の中で変容すること
ここまで細分化してくれるドゥルーズのアニキすげえrkasu.icon
#ジル・ドゥルーズ 2026年に読んだ本 #差異と反復